本日のゲストは、佐藤百合子さん。
スクールカウンセラーと、大学の非常勤講師をなさっています。
スクールカウンセラーのお仕事って、子供たちのいろいろな悩みを聞いてあげて、その悩みに同調して、こちらもしんどくなっちゃったりするのかな…ということが、気になっていたミチコです。
「よくそう言われるのですが、そんなことはないんですよ。確かに最初の2~3年は大変だなぁと思いましたが、お話ししていく中で、その人(児童、保護者、先生)が元気になり、自分らしさを取り戻していくようすを見ると、私も元気になるんです」。
百合子さんは、発達の困りを持っているお子さんが専門で、保護者の方とお話ししていると、保護者の方がご自分で気づくことが多いんだそうです。
「あぁ、こういうとき(子供の調子や機嫌が)良かったです!」って。
ニコニコと朗らかな笑顔が、良い部分を引き出すんですね。
百合子さんは縁あって、10年前に大分にいらっしゃいました。
福島県いわき市のご出身。
実はご実家は、津波の被害を受けました。
東日本大震災の時刻、大分にいた百合子さんは、まだ地震のことを知りませんでした。
16時に子供さんを保育園に迎えに行ったときに、「ご実家は大丈夫ですか」と声を掛けられ、びっくりなさったそうです。
テレビでは津波の映像。家は海から100メートルも離れていない…だめだ…と、取り乱しました。
電話は通じません。
長い長い時間が、ゆっくりと過ぎていきます。
夜になってようやく、ご両親から連絡が入りました。高台に避難しているから大丈夫との報せでした。
でもその後ふたたび、連絡が取れなくなるんです。
そして、原発事故。おうちは原発から30kmのところで、避難区域となりました。
高台の避難所にいたご両親は、またしても避難しなくてはならなくなりました。
…百合子さん、このあたりの記憶は、とても曖昧なのだそうです。
弟さんが茨城にいらして、弟さんを通じてやりとりをしていたような気が…とおっしゃいました。
少し落ち着いてから、百合子さんはご両親を大分に招きました。
ご両親は1年間、大分で暮らしてくださったんです。
「大分市にも大分県にも、とてもお世話になったんです」と力を込めて言ってくださいました。
なにもできないわたしたちですが、少しはお役に立てたのかなぁと、こちらこそ胸が熱くなりました。
そんな百合子さんからのリクエストは、元気が出そう!な、GENKIで「カキはえいゆう」。
子供番組で流れていたゴキゲンな曲です。
佐藤百合子さん、ご出演ありがとうございました。
で、この、砲丸投げの球のようなものは、なんですか…?
「これね、消しゴムのカスなんです。2人の息子たちが小1から集めた、消しカス。9年目です(笑)」
ゆ、り、こ、さ、ん…
Σ(・□・;)
百合子さん、大好き、爆笑!
またいろいろなお話を聞かせてくださいね。
元気をありがとうございました!
それではまた来週。お相手はミチコでした。
©2024 Oita Broadcasting System, Inc. All Rights Reserved.