650年以上(室町時代)にわたり継承されてきた、日本の伝統芸能の【狂言】。その道を継承する、現在の第一人者である【人間国宝・野村万作】91歳(2023)での【文化勲章】受賞現役記念公演の特別な一日を、犬童一心監督がドキュメンタリー映画化した作品です。
【狂言】と言う芸能は分かりやすく解説すると【生きている人間たちの喜怒哀楽】を能楽堂の舞台で役者が演じる【喜劇】です。対の、【能楽】は、昔亡くなった(室町時代以前)の【霊】が現れて、過去の妄執を、自分が執りついた人に話すという、死者の【悲劇】芸能です。
話を映画に戻すと、最初のシーンで【狂言】の代表作のひとつ【棒しばり】という芝居が、紹介されます。【棒しばり】という【狂言】は『ご主人が、家来の太郎冠者と次郎冠者に留守の間に、盗み酒をさせまいと、棒しばりして出かけるが、悪知恵のあるふたりはご主人の酒を、不自由な躰で工夫して、盗み酒してどんちゃん騒ぎをする』という庶民のたくましい欲望のエネルギーを描く喜劇です。【狂言】は≪猿から始まり狐で終わる≫という格言を、万作の若き日からの修行過程を表現した【六つの顔】を山村浩二のアニメで挿入させて、91歳の【記念公演】の演目の【川上】を全編見せていくのです。この【川上】は、【狂言】の中でも珍しくシリアスな内容なのです。年老いて盲目になった老爺が、奈良の吉野にある川上の金剛寺にある地蔵菩薩に一晩中祈願をすると、菩薩が視力と引き換えに“糟糠の妻と別れろ”との苛酷なお告げをする。老爺は開いた目か、尽くしてくれた糟糠の妻か、究極の選択を迫られる…。老爺に野村万作、糟糠の妻は野村萬斎が演じる。
3歳から90年。鍛え上げられたいぶし銀のような所作や、動作のみの杖つきの演技、衰えぬ声量に、人間国宝としての野村万作の誇りを懸けて演じる、年老いてからの夫婦愛を醸し出せる老爺の演技に、今なお現役としての誇りと力量を感じさせてくれる【川上】の狂言だったのだ。犬童一心監督の自在な演出が冴えていたのです。
ぼくのチケット代は、2200円出してもいい作品でした。
星印は、3ッ半さしあげます。
“映画評論家ではない”衛藤賢史先生が「観客目線でこの映画をどう見たか?」をお話するコーナーです。
星:観客目線で「映画の質」を5点満点で評価
チケット代:観客目線で「エンターテインメント性、楽しめるか?」を評価(1,800円を基準に500円から3,000円)
【衛藤賢史プロフィール】
えとうけんし・1941年生まれ・杵築市出身
別府大学名誉教授
専門:芸術学(映像・演劇)映画史
好きな作家:司馬遼太郎/田中芳樹
趣味:読書/麻雀/スポーツ鑑賞/運動
©2025 Oita Broadcasting System, Inc. All Rights Reserved.