今、世界で最も注目されているカナダ人監督、ドウニ・ヴィルヌーヴの最新作である。
「灼熱の魂」の凄まじい内容とそのテーマ性の強い演出で世界中の映画ファンの心を鷲掴みし、「プリズナーズ」では、原理主義的正義の在り方の怖さを内に包み込んだ内容で観客の背筋を凍らせた骨太なエンタテインメント作品を発表した後、ポルトガルのノーベル文化賞作家のジョゼ・サラマーゴのミステリー小説を映画化したのがこの作品である。
大学で哲学的思想史を教えているアダムは恋人のメアリーと暮らしている。
愛し合っているのだが少しアンニュイな関係の二人だ。
そんなアダムに同僚の教師が「道は開かれる」という映画のDVDを面白い作品だと勧める。今の疲れた感情からアダムは、そのタイトルに惹かれてDVDを見ているうちに、その映画の中のホテルのボーイ役の役者に瞠目する。何とそれは自分ではないか!と思うほど瓜二つの男がいたのだ。その驚きは一種の恐怖感覚となってしまったアダム・ベルは、憑かれるようにしてその役者を調べ始める。ダニエル・センクレアという役者名を持つ男の本名がアンソニー・クレアであることを突き止めたアダムは、今までの地味な性格が一変したようにアンソニーに接近していく。その週末、アダムとアンソニーは対面する。二人は何と!顔・声・体格も寸分違わず、生年月日も一緒の上、後天的に出来た胸の傷痕まで同じであった。なぜ自分と全く同じ人間がこの世に存在するのか。ただ違っているのは地味なアダムに比べてアンソニーは奔放な性格を持つことだけ。どちらが本物でどちらが複製なのか。会うべきでない人間に会ってしまった2人は、少しずつ精神の均衡が壊れ始める。それはアダムの恋人・メアリーとアンソニーの身重の妻・ヘレンをも巻き込む事態を招き始める…。
「もうひとりの自分の存在」という命題をモチーフとしたこの作品は、自分の中にある眠っていた性格を発見する心の旅の話ともなる。己のアイデンティティ(自己確立)を成す成長の過程で深層意識の中に封印していくことする多種の性格がある。それがひょっこり目覚めた場合、知性・理性で築き上げたアイデンティティのバランスが崩れ去る危険がある。この作品はそれを寓意的に描こうと試みた作品ではないかと思う。
ヴィルヌーヴ監督は、重層的内容の演出に冴えを見せる監督なので、今回はふたりの自分という単層的内容の処理に少してこずった感はあるも、観る者にとってそれぞれの解釈が分かれそうな手強い作品に仕上げてきたのは確かである。
ぼくのチケット代は、2,100円出してもいい作品でした。
星印は3つ半差し上げます。
“映画評論家ではない”衛藤賢史先生が「観客目線でこの映画をどう見たか?」をお話するコーナーです。
星:観客目線で「映画の質」を5点満点で評価
チケット代:観客目線で「エンターテインメント性、楽しめるか?」を評価(1,800円を基準に500円から3,000円)
【衛藤賢史プロフィール】
えとうけんし・1941年生まれ・杵築市出身
別府大学名誉教授
専門:芸術学(映像・演劇)映画史
好きな作家:司馬遼太郎/田中芳樹
趣味:読書/麻雀/スポーツ鑑賞/運動
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