孤独死した人の葬儀の手配をする公務員の記事を読んだU・パゾリーニ監督が、その記事から着想を得たこの作品は、ジョン・メイという中年の公務員の篤実な生活を通して地域との関わりが稀薄になった現代の文明社会の人の心の有り様を、淡々と静的タッチでショットを積み重ねながら、ウィットに富むユーモア感覚をかぶせて展開する演出によって忘れ難い印象を見る人に残す佳作となっている。
ロンドンのケニントン地区の民生係に長年勤務するジョン・メイは、一人きりで誰にも看取られず孤独死した人を弔う仕事をしている。心やさしく篤実な性格のジョンは、部屋の色々な物品から亡き人の生前の情報をつかみ弔文を書き、教会での葬儀から墓まで手配し、一人きりの参加者となって亡き人を敬意をもって悼むのを常としている。
40才を過ぎても独身であり両親は早くに死別して天涯孤独な身のジョンは、仕事同様、何事にも几帳面でつつましい生活ながら住む部屋は見事に整理されインテリジェンスな知識を有している。ある日、自分の目の前のアパートに住んでいた男が孤独死する。すぐ近くに暮らしながら、その男の事をまったく知らなかったジョンは地域の関わりに稀薄であった自分を恥じ、これまで以上の熱意でこのビリー・ストークという男の生前の軌跡を掘り起こしはじめた矢先、上司から呼ばれジョンは退職を勧告される。理由はジョンの仕事が丁寧すぎるので役所の費用がかさみすぎる、というものであった。この仕事に誇りを持っていたジョンであったが受け入れざるを得ない。しかし、ジョンははじめてこの対値費用のみを勤務功績とする生意気な上司に反抗し、ビリー・ストークの仕事が決着がつくまで残ることを条件とする交渉をする。残された時間はわずか、ジョンはビリーのアルバムから縁のあった人を探しはじめる。そしてビリーはフォークランド紛争に参加した兵隊であり、アルバムにあった少女がケリーという名前でトゥルローという場所で捨てられて犬のシェルターで働いていることを知り尋ねていく。ケリーの素直な性格に淡い好意を抱いたジョンは、十年一日の生活様式を変え、身も心も軽くなっていくのだが・・・・。
ジョン・メイを演じるエディ・マーサンの完璧な演技によって、この作品は完成したと言っていい!一回会っただけでは覚えてくれないだろうジョンの地味な風貌の表現、しかしながら内奥の精神の豊穣さ、知性、あたたかい心の控え目な表現によって、映画は実りあるものになった。またU・バゾリーニ監督の計算された緻密な演出術によって、この地味な内容の作品がいい起伏に富んだ忘れ難い映画となっている。
ぼくのチケット代は、2,300円出してもいい作品でした。星印は、4つ半差し上げます。
“映画評論家ではない”衛藤賢史先生が「観客目線でこの映画をどう見たか?」をお話するコーナーです。
星:観客目線で「映画の質」を5点満点で評価
チケット代:観客目線で「エンターテインメント性、楽しめるか?」を評価(1,800円を基準に500円から3,000円)
【衛藤賢史プロフィール】
えとうけんし・1941年生まれ・杵築市出身
別府大学名誉教授
専門:芸術学(映像・演劇)映画史
好きな作家:司馬遼太郎/田中芳樹
趣味:読書/麻雀/スポーツ鑑賞/運動
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