現代美術界の巨匠ゲルハルト・リヒターをモデルにしたこの作品は、189分という長尺を忘れさせて、見る人の目を最後の最後まで釘づけにさせつつ深い余韻を残す人間ドラマとなっていました!「善き人たちのためのソナタ」世界中の映画ファンを瞠目させたフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督は、この二作目もドイツの錯綜する現代史をテーマにしながら、そこで生きる人間の明日への希望を見事な描写で活写した秀作となっていたのです。
1937年のナチス政権下のドレスデン。幼いクルトは若く美しい叔母エリザベトと<退廃美術展>を見学していた。絵画の才能あるクルトに近代美術の名作を見せるためだった。その大好きな叔母が精神の変調からナチスの不良人種殲滅によって強制入院され、治る見込みがないと判断され安楽死政策によって命を奪われた。1945年終戦後。クルト(トム・シリング)は、共産政権下の東ドイツの美術学校へ進学する。そこでの美術教育はナチス政権下と同様、ピカソなど近代美術を否定する社会主義リアリズム絵画教育ばかりであった。鬱屈した心を抱えるクルトは、大好きだった叔母の面影を持つ女子学生エリー(パウラ・ベーア)と恋におちる。エリーの父カール・ゼーバント(セバスチャン・コッホ)は東ドイツ政権下のエリート医師として君臨する人物だが、実は元ナチス政権の高官医師として不良人種殲滅作戦の先頭に立ってクルトの叔母の命を絶ったのも彼だったが、ある出来事からソ連軍の将校に保護され東ドイツの医師になっていたのだ。そんな残酷な運命も知らずクルトはエリーと結婚する。だがクルトは東ドイツの画一的教育に疑問を抱きエリーと西ドイツへ逃亡し美術学校で創作に没頭するも、教授から作品を否定されショックを受ける。もがき苦しむクルトを見守るエリーもある事で悩みがあった。そんな果てにクルトがたどり着いた自分の心に宿る自分だけの技法とは…。
ドイツが辿った過酷な歴史を背景に、ひとりの人間として己の信じる道を模索しつづけるクルトの半生を描いていくこの作品は、難解な描写なしにひたすらリアリスティックな描写を貫きながら、見るぼくらの心に染み入る魂の慟哭を描いていくのだ。時代の波に押し流されながら必死に生き抜こうとする人々の生き様を多様な人物描写で描きながら、そこから明日への懸け橋を切に願うドナースマルク監督の腰の据わった演出ぶりに拍手を贈りたい作品でした!
ぼくのチケット代は、2700円出してもいい作品でした。
星印は、5ッさしあげます。
“映画評論家ではない”衛藤賢史先生が「観客目線でこの映画をどう見たか?」をお話するコーナーです。
星:観客目線で「映画の質」を5点満点で評価
チケット代:観客目線で「エンターテインメント性、楽しめるか?」を評価(1,800円を基準に500円から3,000円)
【衛藤賢史プロフィール】
えとうけんし・1941年生まれ・杵築市出身
別府大学名誉教授
専門:芸術学(映像・演劇)映画史
好きな作家:司馬遼太郎/田中芳樹
趣味:読書/麻雀/スポーツ鑑賞/運動
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