「ハドソン川の奇跡」といい、この「ストリート・オーケストラ」といい実際にあった話だというのは驚きだ!そしてこのふたつの作品の共通項は、ひとりの人間が最悪の状況下、自分の専門分野を信頼し事に当たる勇気と行動力へのリスペクトであろう。
<真実は小説よりも奇なり>というが、このような実話は監督が一度自分のフィルターで濾過して、どのような視点で映画として伝えるか?のいわば高度な知性的演出力を持つか持たないかによって、作品の質が決まるものだが共に成功した例になっているのだ。
幼い頃、バイオリンの神童と言われたラエルチ・ドス・サントスは、成人してからその心の重荷でスランプに陥っている。今日もサンパウロ交響楽団のオーディションに落ちたラエルチは、四重奏を組んでいる親友のメシアスからスラム街の学校の音楽教師の職を紹介され生活のため引き受ける。しかし赴任したラエルチは愕然としてしまう。10代の少年少女たちは、一応音楽は好きだか教師をなめ切っており5分とじっとしていられない子ばかりなのだ。その中でサミエルという少年だけ、ラエルチに親しみを感じている。バイオリンの才能のあるサミエルもまた劣悪な環境の中、音楽に集中できない家庭であり、親友のVRはギャングの走り使いをしている。そんな中、ラエルチはギャングから脅され路上でバイオリンを弾かされる。ラエルチはバガニーニの<カプリース第20番>を演奏し、その超絶技でギャングを黙らせた事が生徒たちに知れ、生徒たちはラエルチの音楽授業にしだいに興味を持ち始める。暴力が最大の力と思っていた生徒たちが音楽の力強さを知ったのだ。生徒たちの演奏会の出来によって学校の存続が続くと校長から知らされたラエルチは、サミエルと不良だが音楽好きのVRを中心にして特訓に励む。そんな中、サンパウロ交響楽団の首席演奏者のオーディション募集の知らせが入る。だが懸命に頑張る生徒たちを見ると、踏ん切りが付かないラエルチ。だがラストチャンスと思うラエルチがオーディションに応募しようと決心した時に、サミエルとVRに思わぬ事件が待ち受けていたのだ…。
一握りの演奏家のみが音楽家の高みに登る厳しい世界に絶望したラエルチの喪失感を、ドラマの流れの中心に据えながら、劣悪な環境の中ラエルチの本物の音楽教育に同調していく生徒たちの心情を淡々と描写するドキュメント・タッチの演出の融合が巧まずしてより心に響く作品に仕上げたセルジオ・マシャード監督の鋭い感性が見事に成功した内容となっていた。作中に流されるクラシック音楽の名曲も素敵であり、音楽ファンにとっても見応えのある作品となっているのだ!
ぼくのチケット代は、2,400円出してもいい作品でした。
星印は、4ツ差し上げます。
“映画評論家ではない”衛藤賢史先生が「観客目線でこの映画をどう見たか?」をお話するコーナーです。
星:観客目線で「映画の質」を5点満点で評価
チケット代:観客目線で「エンターテインメント性、楽しめるか?」を評価(1,800円を基準に500円から3,000円)
【衛藤賢史プロフィール】
えとうけんし・1941年生まれ・杵築市出身
別府大学名誉教授
専門:芸術学(映像・演劇)映画史
好きな作家:司馬遼太郎/田中芳樹
趣味:読書/麻雀/スポーツ鑑賞/運動
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