ヨーロッパ諸国が2016年の最高の映画としてもろ手を挙げて選出した作品は、ドイツの女性監督が作った「ありがとう、トニ・エルドマン(原題:TONI ERDMANN)」だった。コメディの形を取りながら、グローバル化が進む激烈な資本主義社会の競争の中で戦う娘を気遣う、不器用で困ったいたずら好きの父親との噛み合わない交流を描いた内容だ。
過剰な悪ふざけが大好きな父・ヴィンフリート(ペーター・ジモニシェック)は、コンサルト会社で働くエリート社員の娘・イネス(ザンドラ・ヒュラー)の仕事一筋の身が心配でたまらない。妻とは円満離婚し、老いた母とは別の家で老犬・ヴィリーと暮らしていたヴァンフリートは、ヴィリーの死をきっかけにイネスが働いているルーマニアのブカレストに行く。父の突然の訪問に驚くイネス。新規の契約会社との折衝に忙しいイネスだが、性格真逆の父とギクシャクしながら数日間を一緒に過ごし、父はドイツへ帰っていった。心底ホッとしたイネスの安堵感も束の間、鬘を付け、つけ歯をした<トニ・エルドマン>と名乗る父が再び現れる。イネスの回りに付きまといながら悪ふざけを繰り返す<トニ・エルドマン>の神出鬼没の行動にイライラがつのり、ふたりは衝突する。イネスも父が自分の事を心配して離れられないという気持ちも分かってはいるが、何しろ天性の自由人で突飛な悪ふざけの大好きな父がベッタリでは仕事もはかどらない。だが、そんな父<トニ・エルドマン>の行動に、女性エリート社員として心に鎧を着て資本主義社会の勝ち組になるため、差別・搾取・社会格差もやむを得ないと思っていたイネスの心情に微妙な変化が現れる…。
162分という長さだが、退屈はしないものの、<トニ・エルドマン>のイライラする悪ふざけに、イネス同様うっとうしさを見た方は感じると思う。つまり、これはぼくたちも企業戦士としての眼で<トニ・エルドマン>を見ていたからかもしれない。そんな精神的閉塞感が今のEU諸国の人々の心にもあり、金を儲けるだけが人間の生き方でない、心の自由に従って生きる事こそ人間なんだと思う人たちが、この映画を支持したのだろうと見ながら思った。
愛犬の死への哀しみの描写、ラストのブルガリアの精霊であり五穀豊穣・子孫繁栄を願う<クケリ>の登場にマーレン・アデ監督の人間の素朴な感情とそこに帰結したい願いが含まれているのかもしれない。
ぼくのチケット代は2100円出してもいい作品でした。
星印は、4ッさしあげます。
“映画評論家ではない”衛藤賢史先生が「観客目線でこの映画をどう見たか?」をお話するコーナーです。
星:観客目線で「映画の質」を5点満点で評価
チケット代:観客目線で「エンターテインメント性、楽しめるか?」を評価(1,800円を基準に500円から3,000円)
【衛藤賢史プロフィール】
えとうけんし・1941年生まれ・杵築市出身
別府大学名誉教授
専門:芸術学(映像・演劇)映画史
好きな作家:司馬遼太郎/田中芳樹
趣味:読書/麻雀/スポーツ鑑賞/運動
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