日本人の多くは<茶道>という文化が世界に誇れる精神文化であるのを承知しているのだが、実はそのお作法についてはよく知らないといっていい。かく言うぼくもそのひとりなのだ。この作品はそんな私たちに、ひとりの女性の目を通してお茶の世界にいざなってくれる物語りとなっているのだ。
典子(黒木華)は、ごく普通の家庭に育ったふつうの女子大生。そんな典子が文化教室的ノリで、いとこの美智子(多部未華子)と茶道を習うことになる。茶道教室の場所は、近所の細い路地の先にある日本家屋の一軒家。和服姿の初老の武田先生(樹木希林)は、大学生のふたりのためわざわざ土曜日を指定してくれ、ごく気軽な態度でふたりを迎え早速お茶の稽古をはじめる。慣れない所作に戸惑う典子と美智子は武田先生にあれこれ質問するが、武田先生は泰然自若として「考えてはダメ、お茶はまず『形』から入るの」とさとす。むつかしい理屈は一切なし、四季折々の季節に体をあずけ心を空にして、黙々と所作を習うお稽古の日々がはじまった。
それは現代っ子の典子にとって、頭で考えず目と手で所作を覚えるある意味原始的なお稽古の毎日は退屈な世界でありながら、日々を重ねる内にふっと何も考えず手が勝手に動く所作毎の奥深さに新鮮な気持ちにさせてくれる世界となっていた。
典子はいつの間にか<茶道>の世界にのめっていく。
しかし現実世界は典子の心を惑わせる。大学卒業後の就職問題、結婚まで考えた恋人との別れ、大切な肉親との別れ、自分の人生の立ち位置の不安定さ、その度に典子はお茶の世界に心を回帰させる。心の中心軸に<茶道>を持ち生きていこうとする。何があろうと[日日是好日]の心の世界へ・・・。
四季折々の日本の風景をしっとりと撮影する槙憲治の自然描写を背景に展開する静謐なこの内容は、日本人である私たちにとって心に染み入るような気持ちにさせてくれる。そこにある現象をあるがままに受け入れる素地を持つ日本人の心を、お茶の世界を通して描こうと試みた大森監督の意図は十分に私たちに届いた。このような地味な商業的内容でない作品を作ろうとした心意気に感服!そして改めて樹木希林さんというかけがえのない女優さんを失った喪失感をつくづく感じる作品ともなっていたのだ。
ぼくのチケット代は、2300円出してもいい作品でした。
星印は、4ッさしあげます。
“映画評論家ではない”衛藤賢史先生が「観客目線でこの映画をどう見たか?」をお話するコーナーです。
星:観客目線で「映画の質」を5点満点で評価
チケット代:観客目線で「エンターテインメント性、楽しめるか?」を評価(1,800円を基準に500円から3,000円)
【衛藤賢史プロフィール】
えとうけんし・1941年生まれ・杵築市出身
別府大学名誉教授
専門:芸術学(映像・演劇)映画史
好きな作家:司馬遼太郎/田中芳樹
趣味:読書/麻雀/スポーツ鑑賞/運動
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