クリント・イーストウッドの原作映画『許されざる者』(1992)への尊敬の意を込めながら、リメイクへの挑戦を試みた李相日監督のこの作品は、その意欲を空回りさせることなく、原作映画とほぼ同時代の日本の北海道を舞台にして手付かずの大地の荒ぶる植民、先住のアイヌ民族などの問題を絡ませながら、重量感のある日本映画に仕上げた。
明治維新後、賊軍として官軍に執拗に追われながら、追跡する兵隊たちを斬って斬って斬り倒すことで生き延びてきた<人斬り十兵衛>こと釜田十兵衛は、行き倒れた地で助けられた女性を愛し、夫婦となり刀を捨て一介の農民として暮らしていた。しかし、その愛する妻は死に、この最北の地で残された幼いふたりの子供たちと生活をしていたが困窮の度が限界にきた時、昔の仲間・馬場金吾が賞金稼ぎの話を持ってくる。客に顔を切り刻まれた女郎の仲間が、自分たちの貯めた金で敵を討ってほしいという懇願である。貧しさの悲しみを肌で知った十兵衛は、子供の将来のため、そして貧しさゆえに身を売った女郎たちの自分たちは物でない人間なのだ!という血を吐くような悔しさの心を思い金吾と共に旅立つ。赴く場所は官軍の大石一蔵が牛耳る辺境の町。この町は大石なりの正義によって武器の持ち込みを禁止し、違反すれば徹底的な暴力によって事を解決しようとする独裁的治安を図っている。
途中、十兵衛たちに沢田五郎という向こう見ずな若者が強引に加わってくる。実は五郎はアイヌ出身であり、内地から進出してきた日本人に激しい怒りと不満を心に持つ若者であった。3人は大石の支配する町に入るが、女郎たちの賭けた金目当ての流れ者を徹底的に排除する大石は残忍な暴力で対抗する。女郎を虐った男だけを仕留めるつもりの十兵衛だったが、ある決定的な出来事によって十兵衛の長年封印してきた<人斬り>の血が暴れ出すことになる・・・・。
北海道の雄大であるが厳しい自然環境を丁寧に写し出すロケーション撮影、入念に作られた大道具・小道具によるセット作り、時代考証による丹念な衣装など、日本映画が世界に誇る裏を支えるスタッフのいい映画を作りたいという意欲ある仕事に支えられて、李監督はそのスタッフの期待に応える重みのある内容の演出に成功した。
アイヌ民族というマイノリティ問題にも深く突っ込みながら、暴力という果てにある虚しさを描くテーマにぴたっと照準を合わせ、かつ壮大なエンタティメントな作品に仕上げた手腕は見事であった。
この作品はリメイクでありながら原作映画と肩を並べた作品といっていいだろう。
ぼくのチケット代は、2,400円出してもいいと思う作品でした。
星印は、4つ半差し上げます。
“映画評論家ではない”衛藤賢史先生が「観客目線でこの映画をどう見たか?」をお話するコーナーです。
星:観客目線で「映画の質」を5点満点で評価
チケット代:観客目線で「エンターテインメント性、楽しめるか?」を評価(1,800円を基準に500円から3,000円)
【衛藤賢史プロフィール】
えとうけんし・1941年生まれ・杵築市出身
別府大学名誉教授
専門:芸術学(映像・演劇)映画史
好きな作家:司馬遼太郎/田中芳樹
趣味:読書/麻雀/スポーツ鑑賞/運動
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