「セブン」(95)でキリスト教の禁忌に触れる事柄の事件で観客の背筋を凍らせたD・フィンチャー監督が、夫と妻の微妙な精神構造の擦れ違いから生じる事件で、またもや観客の背筋を凍らせるサイコロジカル・スリラーに挑んできた。一見、ごく普通のはずの夫婦の間に起きた心の闇だけに、こちらの方が「セブン」より怖いかも!
結婚5周年を迎えたニックとエイミー。その記念日に妻エイミーが突然失踪した。ハーバード出身の才媛ある両親が描いた絵本『完璧なエミリー』のモデルとして全米で有名なエミリーは、数多あるボーイフレンドから少し軽薄なところがあるものの、それなりに知性もあり男くささを全身から漂わせるニックを選び結婚したのだ。絵本の版権でセレブな生活を送り、他人も羨む幸せな生活を送っていたふたちのはずだった。ニックはすぐさま警察にエイミーの失踪届を出す。女性の敏腕刑事ボニーは室内が荒らされキッチンで争った形跡や血痕が残るところから事件性を考える。だが肝心のエイミーの行方が不明なので事件と家出の両面から捜査する。ニックはメディアに公開捜査を依頼し妻の行方を探してほしいと訴える。しかし当然のこととして警察はニックの日頃の言動も捜査に織り込んだ。それを察知したメディアは微に入り細に入り夫婦間の問題を探り暴走しはじめ、ニックがあたかも犯人のような報道へと変化していく。窮地に陥ったニックは人権弁護士タイラー・ペリーに助けを求めるが…。
行方不明になった妻が美人で才媛であり、高名な絵本に描かれたすべてに完璧な少女のモデルであることから、この事件はメディアの多大な関心を呼び夫であるニックの知られたくない出来事や不適切な行動が次々と暴露され絶体絶命の窮地に陥っていく様は、見ているこちらも(男として)身の竦むようなスリリングな描写で追い詰められていくのだ。これだけでもう一編のサスペンスとなっているが、D・フィンチャー監督はそれだけでは満足しない。幼児から絵本のモデルとして完璧に完成した理想の女性としての行動を刷り込まれたエイミーの心理の奥に眠る自己防衛の複雑さにも目を向ける。それはニックとエイミーに象徴される男と女の心理戦でもあり、単層的真理の男、重層的真理の女の真っ向からの対決の代理戦でもあるのだ。
<夫婦相い和し>もとい!<夫婦、男3女7で相い和し>と言いたくなる、極上のサイコロジカル・サスペンス・スリラーでした!
ぼくのチケット代は、2,400円出してもいい作品でした。
星印は、4つ半差し上げます。
“映画評論家ではない”衛藤賢史先生が「観客目線でこの映画をどう見たか?」をお話するコーナーです。
星:観客目線で「映画の質」を5点満点で評価
チケット代:観客目線で「エンターテインメント性、楽しめるか?」を評価(1,800円を基準に500円から3,000円)
【衛藤賢史プロフィール】
えとうけんし・1941年生まれ・杵築市出身
別府大学名誉教授
専門:芸術学(映像・演劇)映画史
好きな作家:司馬遼太郎/田中芳樹
趣味:読書/麻雀/スポーツ鑑賞/運動
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